2009年01月08日

春の七草

300px-Taira_no_masakado_kubiduka01.jpg こんばんは。無事冬期講習も終了し、風邪の治療(せきがひどい)とヘアーカットして今日からの受験生決戦に挑みます。
 一月七日は、いわゆる『七草』で、若葉の節句ともいわれるる。春の七草を粥(かゆ)にして食べると、病気や災難除けになるといわれ、芹、なずな(ペンペン草)、ごぎょう(母子草)、はこべら、仏の座(たびらこ)、すずな(蕪〉、清白(大根)を野山に摘みにいく習俗がある。『人日』といわれるのは、古代中国で、元旦に鶏、二日に狗(いぬ)、三日は猪、四日は羊、五日は牛、六日ほ馬を占い、七日には人を占ったという俗習から来ている。これら五節句というのは、もとは『節供』と書いて、季節の変り目に神に供えた食物のことである。中国では重日思想といって、同じ数字の重なる月日を忌みきらったため、神を迎えてお祓いをしたのが定着して五つの節句になったといわれる。
『陰陽五行説』という言葉は、『陰陽(いんよう)説』と『五行説』とが組み合わされたものだが、二つの説が別々に論じられないほど混り合ってしまったので、現在では陰陽五行説として一つに考えられている。
 『陰陽説』は、日本に伝来して陰陽道(おんみょうどう)と呼ばれているが、もともとは中国最古の王とされる伏羲(ふくぎ)がつくったといわれている。
 これは、世のなかの事象がすべて、それだけ独立してあるのではなく、陰と陽という対立した形で世界ができあがっていると考える原理である。そして、陰と陽はおたがいに消長をくりかえし、陽が極まれば陰が萌(きざ)してくるというようにして新たな発展を生むという考え方である。
 要するに、世界というものは、明暗、火水、天地、表裏、上下、凸凹、男女、剛柔、善悪、吉凶などの一対から成り立っていると考え、たとえば人間の精神は天の気、つまり陽で、肉体は地の気、つまり陰だということになり、生はその精神と肉体との結合、死は両者の分離であると説く。
 『五行説』というのは、夏の国の聖王、禹がつくったといわれ、禹の治世のときに洛水からはい上ってきた一ぴきの亀の甲羅に書かれた文様(洛書)から五という数を悟り、国を治めるのに五つの基本原理を思いついたというのである。
 禹が定めた五行というのは、「水は土地を潤おし、穀物を養い、集まって川となって流れ、海に入って鹹(かん:しお)となる。火は上に燃えあがり、焦げて苦くなる。木は曲ったものも真直ぐなものもあり、その実は酸ぱい。金は形を変えて刀や鍬となり、味は辛い。土は種を実らせ、その実は甘い」(「水は潤下し、火は炎上し、木は曲直、金は従革し、土は稼穡(かしょく)す」)。
 というもので、禹はこのように、『木火土金水』と五つの『味』、五行五味の調和を政治のプリンシプルとした。
この考えかたが、のちに斉国の陰陽家鄒衍(すうえん)によって、五つの惑星と結びつけられ、さらにまた万物に当てはめられて、観念的な五行説として完成する。
 先日京都に見習って江戸も平将門の霊を祭ることによって鬼門の対策をTVでしていましたが、本年は私(五黄土星)にとっては何事にも辛抱と努力の年で健康面も昨年末より不調なのでふとまもなく数え年で50歳を迎えるので気を引き締める意味で調べてみました。
 脳の働きと気学・・・一件無関係のようで意外と効果を引き出せそうです。(やはり最後は神頼みということではありませんが)仏の道に近づいていく年齢になるとだんだんこのようなことも考えだすようです。
 皆さんも何か判断するとき客観的になるためにも陰陽五行を極めてみてはいかがですか?あと20年間ぐらいはかかるでしょうが私も研究してみます。
posted by 高橋博史 at 02:36| 石川 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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