2021年01月04日

文学部不要論

2021年1月4日(月)仕事始めですね。
コロナ禍による関東圏「緊急事態宣言発令?」となると受験生の負担はどうなるのか?
 私立大学の受験者数や合格ラインの変動は?
 穴場大学・学部は?

 さて、活字離れが激しくなった現在益々読書の必要性が取り沙汰されていますね。
 入試において特に小説では文章が長く速読力が要求されています。
論説文や説明文のように最初と最後だけで判断することはできず、どうしても
読むスピードと時間制限との関係が結果に表れてきます。

 どんどん映像化が進む中で活字でしか楽しめないものがあります。
自分のイマジネーションをふくらます世界観です。

 私は、幼少期両親が仕事で帰宅時間まで現在なら「学童保育」がありますが、
当時は、青少年センターか図書館で過ごすしか方法がありませんでした。
週6日(小学校3年生以降はそろばんと習字・理科実験教室に通う)学校から帰宅後母親が帰宅する19時ごろまで時間をどのように使うか?
 そのことが読書の始まりであり、夏休みの読書文コンクールで文部大臣賞をいただいてからは、学年不相応な内容の本を読むことで学校では「理屈っぽい」と言われながらも生徒会役員から会長のステップアップにもなりました。

 私より10歳年上世代は「学生運動」主流の大学生ですが、同時に
喫茶店で何時間も単行本を読み、夜から朝までは討論するような環境で
大学生活を送っていました。

 経験値では負けない自信があっても哲学者やほかのジャンルの所説を引用されると全く歯が立たないこともありました。同時にアルバイトで社会人(特に
肩書重視の方々)と話をさせていただく機会には大学名よりもどれだけ学習しているのかのチェックが厳しくされました。

 元々、文学部志望だったわけではなくシェイクスピア作品等原書で読むためには「古期英語」や英語のルーツを学ぶ必要もあり外国語大学と文学部の相違点も大して感じないまま過ごしていました。

 19歳で予備校講師デビューした時・・・それらの読書量と経験値が役に立ちました。
 オリジナル英語指導方法(ダジャレ含む)と雑談内容の多様性
当時・・・「金ぴか先生」(佐藤忠志氏)の服装は目立ち度抜群でした。
中学生当時からブリティッシュかぶれでしたので、英国スーツをビシット決めて大人たちに負けないぞ!と授業していました。
同時に「雑談ノート」(私は同じネタを何回も話すのはしらけるのでその日の授業内容に即して即興)やらで人気度(生徒アンケートとビデオでの授業評価)によって契約更新や時給が決定されていました。

 「実学志向」強まる中で「文学部不要論」が相変わらず言われていますが、
「教養」は一歩「実学」から離れたところにあり、「趣味領域」と重なる面もあります。
 初めて会う人との接点は「共通の話題」がないと単なるQ&Aになってしまいます。

 例えば、英語学習を極めたいだけであるなら大学に行く必要はありません。
実学で言うなら日本人がほとんどいないハワイビッグアイランド(オアフ島はだめ)に半年もいれば衣食住の会話は全く困りません。
 もちろん海外に行かなくてもネット学習で十分です。

 書籍に埋もれて生活するのが楽しい時期もありましたが、引っ越しの負担
賃貸の場合タタミのへこみは退去時全額弁償、地震では本箱の下敷きになっていれば命を失っていたかも・・・紙の虫が増えていく、日焼けで紙質が悪くなる
断捨離する時期では?

 そんな時、便利な電子書籍が登場し、著作権の切れた文学作品は安価に読めるので徐々に紙本と入れ替えています。
 省スペース化メリットだけではなく、読書スピードが表示されるので
今のペースだとあと何時間(何分)で読み切れるのか?
 
 隙間時間の活用として電車内や駅で携帯電話でも読むこと(文字拡大できるのでありがたい)もできるので習慣になれば楽しい世界です。

「歴史は繰り返す」ことから偉人たちの思考を学ぶことをデジタル時代こそ
ぜひとも活字で学んでほしいです。

  http://taka-mc.com/


posted by 高橋博史 at 16:43| 石川 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする